ガンという贈り物
【田舎編3】
叔母が大腸ガンになったらしい。
以前からお腹の調子が悪かったので内視鏡検査をしたら、ポリープが見つかったということだ。
その場で切り取れるものは切り取り、大きな組織は生検に出した結果、どうもガンではないかと疑われるフシがあるという。
まだハッキリしたことは分からない。
検査したのは大きな組織のごく一部だからだ。
より精密な検査をするために、来週の中ごろから検査入院をする手筈になっている。
それで確定的な病態が掴めるだろう。
大きなガン様の組織が見つかったのがS字結腸付近。
これまでの経緯を見ると、私のケースと瓜二つだ。
お腹の不具合、下痢と便秘の繰り返し、血便、下腹部の違和感、検査、S字結腸付近に張り出した大きな腫瘍の発見……。
同じ遺伝子を引いている者だから、同じような症状が発現するのだろうか。
母も大腸ガンと肺ガンを患ったし、姪も同じくガン(それと同じ系統の皮膚疾患)を患っているし、これはどうも生活習慣から来るというよりも、遺伝子がもたらす疾病のようである。
話の様子からは、祖父の系統から来ているらしいのだが。
今は元気な姪(1)や叔父にも、やがては同じ病気が出現してくるのではないだろうか(確言は出来ないが)。
「気をつけてね」と注意を促したいところだが、では、どのように注意しろと?
遺伝子が関係しているなら、注意のしようがないではないか。
叔母が遊びに来たついでに私のことについて聞いてきたので、西洋医学を拒否して漢方薬治療をしていること、人生観・死生観・価値観が変わったことなどについて少し話した。
彼女の表情からして、話の内容が殆ど耳に入っていない様子だったが、身体のことが心配で不安に苛まれている現在、自分のこれからのことで頭がいっぱいいっぱいなので、それは仕方がないだろう。
話の片鱗でも心に留めておいてくれればいいと思う。
何をどう考え、どんな治療法を選択するかは彼女の自由だ。
よくよく考えて、最良の選択をすることを望む。
最後にそんなことを伝えた。
叔母は周囲から見ても“問題のある性格”ゆえ、誰も露骨に口にしないものの、結構“煙たがられる”存在であることは間違いない。
今回の病気の発覚、その後の検査、何らかの治療行為の過程を通じて、自分の人生について悩み、苦しみ、悶え、泣き、恨み、絶望し、心の中を深く探求していくことを、親戚の私は望んでいる。
病気は心の成長にとって絶好の機会になり得るのだ。
進む方向さえ間違わなければ、魂にとって、心にとって、得がたい宝物(気づき、覚醒、悟り、解脱にも等しい境地に至ること)を得ることが出来るだろう。
私がそうであったように。
もしも私が素晴らしい霊能力者であったとしても、そして、いとも簡単に病気治しが出来る力を持っていたとしても、叔母の病気を治してあげることはないだろう。
そんなことをしたら、彼女が霊的に成長する貴重な機会を奪ってしまうことになるから。
よって、彼女が自分の道を迷いつつ歩みながら、大切なことを学んでいく様子を遠くから見守るに留めるだろう。
意見を求められれば自分なりの考えを述べる。
しかし、そのことを押しつけたり、強要したりすることは決してないだろう。
何ごとも彼女の人生だから。
今回の“ガンという、天からの贈り物”によって、叔母に良き学びと覚醒がもたらされますように。
そしてこの私も、より高き霊的な覚醒の次元に至りますように。

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