その運転にイエローカード
私は自転車での移動をこよなく愛する人間である。
そして、過剰なまでの安全運転を心がける慎重派人間でもある。
だが、以前は狭い歩道を縦横に走り回る危険運転人間だったのだ。
以前とは180度変わってしまったのだが、それには以下のような体験が元になっている。
「車に乗ると人が変わる」と言われる人々が存在するが、私も他人事として笑っていられない。
何を隠そう、私も歩行者として歩道を歩いているときと、自転車で車道や歩道を自在に走り回っているときとでは、人柄が大幅に変わってしまう二重人格だからである。
自分の足で歩いているときは、縦横無尽に走る自転車や車に対して「危ない運転をするなよ」と冷たい目を向けるくせに、いざ自分が自転車に乗る番になると、「おらおら、ドンくさい歩行者ども、チンタラ歩いてるんじゃねーぞ」「お前ら、トロトロ歩いてやがると轢き殺すぞ」と悪態をつきながら疾走しているからである(心の中でね)。
羊が狼に変わるのだ。
これで良いはずがないと分かっているのだが、便利な文明の利器の魅力には勝てず、ついつい歩道の暴走族と化すのだ。
いつか大きな事故を起こすのではないかという、うっすらとした予感は常にあった。
が、ある日ついに、運転に対する態度の本質的改善を迫るような、小さいが衝撃的な事件を起こしてしまった。
私はいつもと同じように、幅の広い歩行者用道路(歩道)を高速で走っていた。
周囲に気を配らずにメールしながら歩いている学生、後方に気を配らない中年の主婦、歩くよりも遅くノンビリと走る自転車などにイライラしながら、私は高速で疾風の如く歩道を駆け抜けていた。
特にどこへ急いでいるからではなく、“スピーディーではない”ということそれ自体がイライラを引き起こすのだ。
ノンビリ、ユックリ動く存在というのは、自転車走行中の私には怒りを燃やす対象以外の何者でもなかった。
歩行者や自転車をジグザグに避けながら、狭い歩道を矢のように駆け抜ける。
飲食店やオフィスビルや八百屋や魚屋や、その他の生活に密着した店舗がズラリと並ぶ典型的なベッドタウンの商用歩道であった。
トロいオバチャンを背後からすり抜けていくとき、お互いの服が擦れ合ってシュッと鋭い音を立てる。
「キャ、危ないわねえ」と黄色い声を振り切りながら、私は「お前がトロいのが悪いんだよ」と心の中で罵った。
前を走る自転車を続けざまに何台か追い抜き、とあるビルに近づいたとき、我ながら「ちょっと建物に近すぎるな」という切迫した危機感を覚えた。
次の瞬間、建物の影から数人の人影が。
ボーッとして何も考えていない感じの、青い作業着を羽織った若い男性だった。
反射的に急ブレーキをかけたが、彼我の距離があまりにも短かすぎた。
また一瞬のことだったのでハンドル操作で避けることも出来ず、僅かに右に曲がろうとした私の身体とその男性の身体が強い勢いでぶつかってしまった。
ドシンという感じの鈍い音。
不幸中の幸いというのか、汚れたタイヤや堅い金属のパイプが彼を傷つけることは避けられた。
彼は眉をひそめ、しかめっ面を浮かべ、舌打ちして、燃えるような怒りの目を私に向けた。
「チッ」と大きな舌打ちの音。
「すみませんっ!!」と私は慌てて大きな声を出した。
大きく頭を下げた私に対して彼はそれ以上コトを荒立てることもなく、何事もなかったかのように仲間と談笑しながら、青になった横断歩道を渡って行った。
私は激しい動悸でガタガタ震える腕を持ち上げ、額から流れる冷たい汗を拭いた。
“柔らかい肉同士の衝突”だったから、そして、作りが頑丈で心の優しい男性だったから良かったようなものの、ぶつかる相手によっては、お互いの一生を台無しにしかねない危険な場面だったのだ。
「これは天から与えられた強烈な警告に違いない」と私は確信した。
今のは“イエローカード”であり、次に“レッドカード”を出されたら、あなたの人生は破滅だぞと通告を突きつけられたのだ。
もし衝突した相手がお年寄りだったり、幼児だったり、障害者だったり、重い病人だったり、ヤクザ者だったり、妊婦だったり、警察官だったり、超高価な絵画術品などを運搬中の人達だったりしたら、それこそ最悪の結果になっていたかも知れない。
“ただでは済まない”窮地に追い詰められていただろう。
損害賠償、治療代金、慰謝料の支払い、或いは縁を持ちたくない人々との繋がりが生まれてしまうなど、考えるだに怖ろしい事態になっていただろう。
何事もなくてよかった~。
“この程度の衝突”で済んで本当に良かったのだ。
もっと大きな、致命的な事故が起こる前に、目に見えない存在がこの程度のハプニングで済ませてくれたのだ、きっと。
天の警告、天の意志を汲んで、これからは決して乱暴な運転はしないようにしよう、その直後から私は心に誓った。
もし事故を起こしてしまった場合、その責任は自動車の場合と同じく、ほぼ100%の確率で運転者の方が負わなくてならないのだから。
それに本来、自転車は軽車両として位置づけられる乗り物だから、本来は車道を走らねばならないのだ。
歩道を走るのは基本的に違法。
サイクリニストは人々の厚いお情けのおかげで、歩行者が歩くべき道路を“特別に走らせて頂いている”のである。
その優しい配慮に背かないような運転をしなければならない。
数年後には自転車の違法行為に対して罰則が強化される流れにあるし、誰にとっても事故は他人事ではないので、面倒なことにならないように細心の注意を払って自転車を運転しなければならない。
どのような突発的なハプニングに遭遇しても安全に回避できるように、充分に安全な距離とゆったりとした心構えを持って行動しなければならない。
それによってこそ、歩行者と運転者の安全と平和が守られるのだ。
心当たりのある人、取り返しのつかない悲劇を起こさないために、今からでも遅くないから可能な限りの安全運転を心がけましょう。
メールをしながらとか、音楽を聴きながらとか、無灯火、片手で傘を持ちながらの危険運転は絶対にダメですよ。
そのうちに“自分が加害者になる”破滅的な事故を招来しますからね。
私のせいで不愉快な、そして怖い思いをさせてしまった歩行者の皆さん、これまでどうも申し訳ありませんでした。
チャリンコ暴走族だった頃の私を寛大な心でお許し下さい。
今後は私、自転車を運転する人々の良きお手本となるよう、優しくて慎重な走りを心がけます。
それがせめてもの罪滅ぼしだから。


コメント