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2008年11月 5日 (水)

肉体は酷使すべき

風呂に入ったときなど、大きな姿見の前に立ち、背中をよく見ると、肩や腕に大小さまざまなシミやソバカスが散らばっている。
特に首筋や二の腕など、衣服と外界との境界線辺りが甚だしい。

これは20歳代から40歳代にかけて、関東甲信越の高山に登っていたとき、高山特有の強烈な紫外線を浴びた痕跡である。
高い山は紫外線が強いから、どうしても露出している部分の皮膚を焼いてしまうのだ。
何度も同じ箇所を“火傷”しているうちに色素が沈着していまい、元に戻らなくなった。

日常生活ではシャツや服に隠れているから見えないし、外見に気を配らない人間だから皮膚の件で気になったことはない。
山登りをする人間だったら多かれ少なかれ、顔や腕に日焼けはしているものだ。

こういう状態になっても、昔のがむしゃらな登山を後悔したことはない。
それはそれは素晴らしい、魂が震えるような素晴らしい景色を見せてもらったし、平地にへばりついていたのでは絶対に出来ない厳しい体験を何度もしたからだ。
それらの一切が心を、そして魂を豊かに彩っている。

天地創造を連想させるような、神々しくて神秘的な光景はどこでも見れるというものではない。
真っ黒な雷雲の真下に居るという死ぬような恐怖も得がたい体験だ。
夜空の星が目と同じ高さに見え、また足元にも見えるというのは高い山ならではの奇跡である。
それらの極楽のような美しさを体験させてもらった代償に、少しぐらい皮膚に黒い点がポツポツと点在していようが全く気にならない。

ことによると、この皮膚の色素の異常が、時間の経過と共にガンになってしまうかも知れないが、それもまあ仕方がないものとして受け入れよう。
そのときはそのときで何とかなるだろうし、何ともならなかったら、それはそれで運命として甘受する心の用意は出来ている。
マイナスよりもプラスの方が遥かに大きかったから、思い残すことは何もない。

肉体は感動を体験するための道具なのだ。
魂は物質としての肉体を通して永遠なる美を認識する。
山登り用のシャツやズボンや長靴下、そして複数のカメラや三脚などの道具と同様に、使うために肉体はあるのだ。
傷をつけないように、汚さないように、破れないように、大切に大切に保存していたら、魂が震えるような深い感動的体験は絶対に出来なかっただろう。
身体も道具も服もボロボロになってしまったとしても、だからちっとも惜しくない。
そんな些細なことよりも、もっともっと大きな、永遠なるものを手に入れたから。


ずっと前に付き合っていた、ある恋人は殆ど外出しない室内派の人間だった。

どうして外に出ないのかと聞いたら、
「日焼けするのがイヤだから。
日焼けすると年取ったときにシミになるから。
そうなると醜くなるから。
皮膚も身体も絶対に傷つけたくないの。
女の価値は顔と肌と髪よ。
だから美白と美容に励んでいる」
という答えが返ってきた。

女だから当然といえば当然の配慮なんだろうけど、やりすぎのような気もする。
農家の女性なんか、どうなるんだ?


そんな彼女を無理して山に引きずり出したのだが、肌を護るのに完全武装していたのには驚かされた。
あんな格好では大自然と共にある歓びなんか感じられなかっただろう。

自然に対する姿勢、そして人生に向き合う基本的なベクトルが異なっていたので、結局は3ヶ月で別れることになった。
それほどまでに身体を守ることに汲々としていた彼女であるが、後日、子宮筋腫の為に開腹手術をし、入院していたと電話をかけてきたときには、さすがに淋しそうだった。
あれほど大事に護ってきた肌と皮膚を、いともあっさりと切り裂かれてしまったのだから。
これまでの努力は何だったのだろう。
神様は痛烈な皮肉をなさる。

私だったら、美しい肌を保ったまま中身が空っぽの人生を送るより、ある程度は傷だらけになってもいいから、中身のタップリと濃い、実り豊かな人生を送りたいけどな。
肉体は、魂がこの物質世界を体験するための道具でしかない。
古くなると壊れるし、メッキは剥がれるし、あちこちに錆が浮き、曲がった箇所は増え、ブレーキが利かなくなり、歯車は軋むし、ぴかぴかツルツルのメッキはあちこち剥がれ、鮮やかなボディカラーも色褪せてくる。
それは車だったらどんな車にだって起こる当然の経年変化だ。
購入当時の新車同様の状態に保っておいて何の価値があろう。
傷だらけになっても走り回っていた方が、車自身からすれが嬉しいだろうし、汚されたことに対する不平不満は出ないに違いない。
それよりも、傷つかないように博物館や倉庫の奥にしまいこまれると、逆に怒りが燃えるのではないか。
「オレは走るために生まれてきたんだ~」と不満で叫び出したくなるかも知れない。


おたまは熱い味噌汁の中につけられるし、網は魚や餅を焼くために強い火力で炙られる。
靴は踏んづけられ、信号機は雨の日も風の日も雪の日も猛暑の日も同じ順序で光の入切を繰り返す。
私達の肉体も世界を体験するために、様々な環境に置かれ、様々な思いを経験し、そうやって魂レベルへ学びが伝えられる。

“カイジ”という漫画の中に「生命(身体)は粗末にすべきもの」という名台詞があったが、正にその通りだと思う。
肉体は大いに粗末にして学びの量を多くすべきものなのだ。
手入れは大切だが、本来の存在目的は“使うため”にこそ存在するのである。
如何に原形を留めたかを問うのではなく、如何に肉体を駆使して学んだかを問うべきなのだ。

私は登山やハイキングで多くの糧を得たが、人づてに聞いたところでは、更にメリットがあるのだという。
それは、「病気をしたときに長患いせずにポックリと逝く」ということだ。
山登りを長い間続けてきた人達が共通して言っていることなので間違いではなかろう。
理由は分からないが、病気になってから死ぬまでの期間が「非常に短い」そうだ。
延命措置だの植物状態だのになってまで生きていたくない私にとっては、それは願ってもない朗報である。
出来ればそうなって欲しいし、もっと贅沢を言うなら、具合が悪くなったと同時に“即死”でこの世にオサラバしたい。

あなたも病気その他により、長期間に渡って闘病・療養したくなければ、山登りなど、身体を使うスポーツや趣味を楽しめばいいかも知れない。

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